2012年01月20日

120120_0753~01.jpg
冷たい雪が降っています。
そして突然の出来事でした。

暫く元気の無かった我が愛犬。
昨晩はいよいよダンボールに入れて玄関に。
毛布も掛けておいたのに
今朝亡くなりました。
眠っているようでした。

・・・・15年前。

寒い冬の朝
彼女はやって来ました。

近所に休耕田があるので
多分そこに捨てられたのでしょう
寒さと空腹と疲労で
我が家の庭に迷いこんで来たのです。
足指にやや奇形があり、それも捨てられた理由かもしれません。

一方我が家ではそれまで飼っていた老犬が行方不明になり、
必死で探し廻っていた時期でした。

散歩中にフラっとしてしまうなどかなり老化しており
「死ににいったんだろうか」
と感じていました。
いつ帰って来ても良い様にと
お袋がいつものお皿にペットフードを用意しており、
あの娘はそれを目当てに迷い込んで来たのでしょう。

あたらし犬を飼いたいと
長女は希望しましたが
お袋は葛藤がありました。

今探し廻っている「前の犬」への愛情ゆえです。

もう二度とこんなに悲しい思いはしたくない

との考えから「捨ててらっしゃい」とお袋

それに対して泣いて懇願する長女

「孫に泣かれちゃ敵わない」
と渋々妥協したお袋。
そんないきさつがありました。
実際に飼う事になると様々苦労がありました。

悪い寄生虫がいたりして病院にいったり。
女の子なので避妊手術を施したり。

避妊の件は当時の子供達には理解出来なかったでしょうね。

しかし後にわかります。
「責任のとれない出産」が捨て犬となってしまう自明を。

散歩や餌などの世話を巡っても兄弟三人の間ではひと悶着あった様に記憶しています。
「昨日僕いったから次はお前だ!」的な
その順番をめぐり「不公平だ」とかなんとか。

見ていた僕は雷を落としたかもしれません。
犬にはそんな事関係ない。
そういう事とは別に、鎖につながれて
門番をしてくれているのだと。

・・・月日は流れ
3人のうち2人は無事成人し、
末っ子は今大学受験まっただ中。

いつの日にか何も言わなくてもお手伝いを良くしてくれる、
進んでアルバイトもこなし、
僕が雷を落とすような事は
まったく不必要になった。

親戚達にも「良い子に育ったねえ」と言われるまでに。

親ばかだが僕もそう思う。

そう思うようになった事の多くを

亡くなった愛犬が教えてくれたものであったんだと

彼女(愛犬)はその大きな役割を果たして
亡くなっていったんだと思うと

いつまでたっても涙が止まらない。

そして伝えたい言葉は

「ありがとう」の一言に尽きる

本当にありがとう。
posted by kaityou【nanchu1980】 at 12:31| 埼玉 ☔| Comment(0) | 家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

秋は

111026_0623~01.jpg111026_0617~01.jpg111026_0613~01.jpg111025_2013~01.jpg
秋は写真を撮りたくなるな。

夕べは豆腐とニラとキムチで
鍋料理

焦らないでやろう
posted by kaityou【nanchu1980】 at 06:57| 埼玉 ☔| Comment(0) | 家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

南相馬に行ってみた

SN3D0068.jpg









SN3D03120001.jpg









15日に福島に行ってきた。
昔の取引先さんを訪ねて。

単独で行かせると悪さするとでも思ったか、女房がパートを休んで同行。

元取引先はやっぱりお休みだったけど建物は元のまま。
看板は昔よりきれいになっていて安心。
休日出勤していた誰かに声をかけるのも野暮なのでそのまま
相馬港方面に向かう。

このあたり(元取引先付近)は「中通り」なので津波被害はないけど
良く見ると瓦屋根があちこち乱れて土嚢の様なもので抑えてある。
揺れの強さをうかがい知る。

山道を越え相馬へ。
きれいに片付いていて
最初は様子が解らず
しかし
ぐにゃぐにゃに曲がったガードレール、道路標識に「街が消えたのだ」とわかり絶句。

「自衛隊、ボランティアの人へありがとう」
という主旨の言葉が書かれている看板をみてさらに茫然自失。
こんなに酷いことになったにも関わらず驚くべき事だ。

その後6号線を軸に南下
原子力発電所に可能な限り接近
限界地点のコンビニで一服し
その場所の写真を撮ってUターンして帰路へ。

ちょっと道を間違え
まだ流された家屋の土台が残されたままの区域に迷い込む。
乾いた犬の遺体。
ガタガタ道でパンクさせないように走行するも、
曲がる度に視界に入る民家の土台の残骸。
先ほどのコンビニで立ち入り禁止の看板の写真を撮った事で、
神様を怒らせたに違い無いと
女房は悲鳴を上げ、何度も何度も悔いる言葉を叫ぶ
「気軽なきもちで来ちゃったから、お前らこれを見てゆけ」って神様が迷わせたんだよと
震える女房。

そこにあった暮らしが一気に呑み込まれ、ボロボロにされた恐怖はいかばかりであったかと
愕然としてしまう。


■近接性と取り替え不可能性
サンデル教授の「トロッコ問題」で持ち出されるが
「近接性」によって価値基準等々に変化がもたらされる事は自明だ。
今日こうして女房とふたり「近く」で「見て」「臭って」「感じた」事は、大きい事だった。
震災の直後
同窓生でもあり悪友の御厨が
「ガソリン積んで被災地に入り活動する」と言い出したときに「帰りのガソリンが無いのに現地に行くと足手まといだ」
とか「赤十字に募金しろ」
といって止めた。

数ヶ月たったがそんな彼は
つい2週間程前も被災地を訪れて活動を続けている。

内容は知らないが続けていると言うことは

現地の方々との交流の継続の成果物であり大変素晴らしい。

当時の俺は一体誰に向かって何を言ったのであろうかと
恥ずかしく、彼を誇りに思うようになった。

彼の言葉に突き動かされ「一人で行く」と言った僕を案じ
今日来てくれた女房が愛おしい。
取り替え不可能なものだ。
それらを一瞬にして呑み込まれ失った人々の痛みや悲しみや怒りを近接性を持って感じて生きて行こうと思う。
東北人は我慢強い?から黙ってる?
そんな事無いんだよな。言葉にならない程の桁の違う事柄に
愕然としているんだ。

涙が出るうちはまだマシな方なんだ。

立場や境遇がいろいろだから
ボランティアに行かれなかったり、募金もあまり出来なかったりしても良いんだよ。

今できる事をそれぞれちょっとずつやって行こうよ。

僕は女房を大切にし
今日の日の気持を
なるべく多くの人に話をするよ。
http://youtu.be/vIGTNN51bTA





ラベル:原発
posted by kaityou【nanchu1980】 at 12:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | 家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする